昭和52年06月18日 朝の御理解
御神訓 一、「天に任せよ、地にすがれよ。」
一心にすがると一心にすがると言う事は、自分の我情我欲があってすがったんでは、一心とは言えません。一心に縋っておかげを頂くと言う事は、任せて縋ると言う事です。それを天地に任せる、天地金乃神様にお任せしてのお縋りでなからなければ、本当のおすがりとも本当の一心とも言えないと思う。いわゆる任せてすがるそれが素晴らしい、それはどんなに小さくでも、どんなに大きくでも頂けれる御理解です。素晴らしい御理解御神訓、御教えですね。
ほんとにこの天に任せて、地にすがると言う事は、素晴らしい事です。昨日一昨日の原さんの所の謝恩祭が行われました。毎年もう二十何年続けられたわけです。原さんの御信心の元というのはね、それまでにいろいろご縁を頂いてはおられましたけれども、愈々信心が本格的に、ほんな信心に進まれたと言うのは、一人息子である昌一郎さんが、大病からであります。
もう医者も難しい、親戚にも知らせておくがよかろう、親戚のものも葬式のいうならば、準備をしてから、その駆けつけると言ったように、大変なときだったんです。あちらのお父さんが元気だったですから、お父さんが丁度あの月次祭の晩でした。月次祭が終わってからの、一服しておる所へそれこそあの、ランニングシャツ一枚で一生懸命で参ってこられました。
そしてもう昌一郎は、難しい先生ほんとの事を言って下さい、ね、ここまで来りゃもう諦めております。ね、半分なもう死んどります、半分なもう諦めとりますと言うお届けでした。半分な諦めとる半分なもう死んどる、というならばもうそれは死んでしもうとるじゃないか、ね、そんな事言わずに今から帰って、あなた方の裏の田んぼに、それこそどん座って、天地に縋りなさい、まだ神様をお祭りしてないですから、いわゆる天に任せて地に縋りなさい。
もうその時分には、今と違って大変厳しい、やかましい時でしたから、もうそれこそそれこそおしかりを頂いて、それこそびっくり仰天されたと思いますけれども、もうそれより他に仕方がないから、天に任せ地にすがると言う事になった。そしていろんなことがその晩にあったんですね。もう医者が来ていくら注射をしようとしても注射が入らなかったり、注射が間違ごうとるから、看護婦が何べんも取りに帰っても、違うとを持って来ると言った様な、そうしたらこの注射がもう半分になってしまう。
もう注射を神様が受け付けなさらじゃったんですね。おかげで今日元気であのように御用がでけるおかげを頂いておられる。ね、これなんかは言うならば、もう愈々医者にも見離された、と言う時にいうならば私の言葉にね、任せたわけです。そして言われる通りに一心に縋った訳です。ね、そういう意味で一心にすがる、任せてすがるない命も助かると言う程しのおかげを表れて来る様な御教えです。
ですか段々今度は信心を頂いて、いう、天地の道理が分かり天地のご恩徳も分からしてもらい、色々信心のまあいうならば、おかげを受ける骨合やらも体得させてもろうて、信心によって段々人間が変わってくる、段々おかげを頂いてくる、そうしていうならいつの場合でも全てが、ね、あなたにお任せしきった生活と言うおかげを頂ける様になったら、今度は、天地があなたのために自由になって下さる程しの、おかげの受けられる御教えなのです。成程おおきいですね。
命と言う人人間のいのちと言う事など、どうにもできない問題が解決と言った様な事ではない。天地が私共一人一人の上に、自由になって下さる程しの、おかげが受けられると、ために私どもが生活の全体がです、ね、任せてすがると言う、生き方が身に付いてまいりますとそんならばもう、今日からそげんしょうというて出来る事じゃ無いです。ね、ほんとに信心が愈々分からせてもらい、ね、ほんとに天地の親神様のお心も分かり、お心に添い奉らせてもらおうという。
その神様のお心が分かると言う所まで、信心が頂けなければならない。そしてならなおかつ、任せてすがると言う姿勢でいつも、でけておると言う訳です。そういう信心のギリギリの、いうなら境地を目指させてもろうて、お互い信心の稽古をさせて頂かなきゃなりません。その過程には様々な事が御座います。昨日合楽会で皆さん一人一人有り難い発表をしておられました。
私共信心させて頂いておって、どうかそれこそ心が枯れた様に、心から有り難いものが湧かない、それこそ枯れ果てた様な心の状態になる時がありましょう。そういう心の状態で、縋ったって駄目です。ね、心はいつも瑞々しいまでに、いきいきとしておらなきゃ
助けて下さい、と言うても助けて下さらんから、そう言う時には先ず自分自身の心が助かる事のために、お縋りしなきゃいけんのです。
昨日桜井先生が始まってすぐの時にその事からお話になっておりましたが、昨日学院から、ここで学院の修行生の修行振りを、色々細かに書いた通知がございました。始めの間はもう、合楽の修行生は、困ったもんじゃと言った様な感じで、電話が掛かってきたりしよりましたけども、昨日の手紙を見ますと、一人一人がもうほんとに、合楽の信心を発揮していきよるわけです。
まほんとに有り難い、事が書いてあったその手紙の中に見て貰った事でした。だから桜井先生が私が学院で修行中の事というて話されましたが、もう何ヶ月目ごろから、いっちょん有り難くなくなってきた、そしてもうほんとにどうしてこげん来たじゃろうかと、思うごつなって来た。もうほんとに逃げて帰るごつあった。それでもやっぱりこげなこつでは家が助からんと思うて、まあ一生懸命神様にお縋りさせて頂いた。
そういうある日にお広前に参拝させて頂いた。丁度お広前のとこが丁度参拝もなくて、金光様が当時三代金光様が、ご時代ですからご結界についてご奉仕になっておられる所であった。こうそのご祈念が終わって、頭を上げてみると、金光様がそれこそこくりこくりと居眠りをなさっておられたと言うのです。とたんにねほんと金光様すみませんと言うてね、もうそれから有り難うなってきた。
それから沢山のその参りがそのあたり多くなってね、そのお広前が一杯にお広前が成程しになった。もうほんとに誰もおられんなら、大声上げて泣きたいほどの感動をが湧いてきたという話をされてもう私は、その話を聞いては、今日はもうこの話一つで元とったと言う様な感じがしました。ね、金光様も言うなら生き神様というけれども、金光様とてやっぱり、生きのお体であると、ね、はあ金光様居眠りしとんなさる、と言った様なものではなくてね。
そのこくりこくりと居眠りなさっておる姿に触れた途端にです、電気に掛った様に感動が湧いてきた。金光様すみません、そこから又新たな有り難いものをが頂けて、おかげを頂きましたという話であった。ね、お互いの心の中にもそういうときがありますよ。有り難いはずなのに有り難くない、おかげを受けておる事が分かっておるけれども、お礼参拝もでけないと言った様な時が御座います。
ですから今日は、天に任せ地にすがれよと言う、例えば小さい意味合いでなら、小さい事じゃありませんよね。一人の命が助かると言う事。けども個人的な自分一家と言った様な事だけではなくて、その時だけの天に任せて地にすがると言うのではなくてです、もう、その生活全てが天に任せて、地に縋ると言えれる程しの、信心はその内容が信心が成就してこなければ出来る事ではない。
生活の全体が任せ切った信心生活ができると言う事は、ね、その過程においては様々な事がありますと言う事です。ね、愈々の時にはその任せられる心が、任せておるようであってっとこう、うろちょろしておる自分に気が付く様な事があります。ですから大変なことなんです任せっきる、ね、全てを任せてすがると言う事は素晴らしい事です。もう十何日になりますか、ここで池田恵子先生が、お炊事の御用を頂きよって、大きな鍋にあの、うどんをゆがくのですから。
グラグラたぎりよる、それをその持った途端に、例の病気が起こって倒れたんです。ですからもう体半分以上も、こういうならばその煮え湯をかぶったわけです。すぐ私ん所へ来ましたから、あの御神酒さんをこう、体中をに拭いてその上に、ぱぁっとご神米をお祭りしろ、というてまあそんなに、だから意識が出ない間は分からなかったけれど、さあ意識が出したら、それだけの大火傷ですから、大変なことだったんです。
それでもうそれこそ、いわゆる信心が、母親のほうがでけておりますから、もうほんとに、それこそまあびくともしないと言ったら過言でしょうけれども。まあどっこいと受け止めて、もうそれこそ娘の看病ににもうそれこそ一生懸命で、おかげをまあ頂いております。もうとにかく部屋に入るとすぐに、煮えた体のいうならばねその悪臭で、もう上野先生が同室におりますから、ま皆修行生の方達が、立ち代り御用させて頂きよりますけれど、もうとにかくその。
悪臭が匂いだけでもたまらんような匂いがすると言っておりましたが、その便所にいくのが大変、もう一週間も八日も立ってからでしたでしょうか、お母さんがお届けに来ました。その尿が採られんのです。そいで何とか神様にお願いをして、お医者さんにお願いをすれば、管で取ってもらうと、もうあのすぐそこですから、あのそうしても良いでしょうかというから、ならそうお願いししとこと申しました。
そしたら、すぐ又ここに折り返しお届けに、また、新ためて出てきました。先生先ほどは、ほんとにあの間違ってお届けをさして頂きました。実はそうさせて頂くが良いか悪いかと言う事を、お伺いしてからにさせて頂く、とこう言うわけです。そんなら私が本当な事を言うと言うて申しましたがね。それは管で取ってもらうと言う事は、そのままお医者が来ると言う事、もしお医者があの様子、容態を見たらそれこそ金光様ちゃ、もちょいとたまがるちゅう事になるじゃろう。
早速なら入院と言う事になるかも、なるに違いありません。けどもそれは私は構わんとこう、思いますけれどもね、あのどちらが本当かと言われたかときにね、それはね神様にお願いをして、尿の御取り払いを頂きなさい。もう日頃の信心で、さっと受け止めた。したらおかげで大変きつい中にも、なら尿もとれるようになり、おかげを頂いて、段々全然食事がいけませんでしたのですね。
もうとにかく体が半身火傷したら、死に繋がるしかも、この火傷の跡に食事が通らなかったり、吐き気が来たら、もうこれは間違いなく死に繋がって行くという程しの事だそうですね。それをやっぱ言うてくれる人があるわけですよね。本を読みよったらこんな事ですよ、ってここにそのお届けがあったんです。ね、けどもそういうなら、例えば天に任せ、地に縋るという時にはです、そういう神様のお試しとも思われる様な事があるです。はあ死んだらどうしようかというのが一番にやっぱ最悪の場合は。
そう言う時にままよと言う心が出てくると言う事がです、なら天に任せて地に縋る事です。ね、ご理解にもありますように、十二分の徳を受けようと思えば、ままよという心に、ままよとは死んでもままよの事ぞ、と言う事なんです。ですからいわば簡単な事ではないでしょうが。ね、信心がそれこそ小刻みに、ずうっと本気でできけておらなければ、でけるこっちゃないです。
池田先生がほんとにそこに、ほっとこう人間心を出して、ならとこう思ったのがほんのわずかな間で、お取り次を頂いたら腹が決まった。だから昨日一昨日あの、戎浦さんじゃろ、あの長年看護婦をなさっておられる方が見舞いに行かれてもう、長年看護婦しちょるばってん、こんなそのなには初めてというてビックリした、ね、ほいでその、色々こう皮を剥いで、色々それから御新米の、お剣ざき様をつけとくと、それが乾いてね、もうとにかくその痛いというて取ってしもとった。
そこでなら医者も言わない、薬もいわんなら御神酒さんと、ご神米にすがるより他にないじゃ無いですか、というてあのいわゆる医学的な、いうなら消毒なんか綺麗にさせてもろうて、改めてお神酒を塗って、それこそご神米をいっぱいはらせて頂いた。昨日戎浦さんがそんな事言っていましたが、もう私はもうご神米と御神酒さんの威力を、今度初めて、分かりましたちゅうてお届けしておりましたがね。
それこそもうほんとに、それのおかげを頂いて、まあ気持ちも良くなったでしょう。きちっとして頂いてね、それからもう寝具からなんから、全部変えておかげを頂いてから、まああのおかげを頂いてまあ、大変楽になったと、ね、楽になたというてもう、そういう大変な事でしょうけれども、その段段おかげの一途を辿らせて頂いておる。ね、だからほんの意味において、天に任せて地にすがると言う事は、ならその過程においては、さまざまな事がある。
なら私自身の事を言うてもそうです。ね、それをまあやっとかっとではありますけれども、そこをほんとに神様一心に、いわゆる任せて縋っていくおかげを頂かせて頂いてです、ね、段々神様がそれこそ天地が自由に成程しの、おかげも見せて下さる程しに、段々おかげを頂いていく。だからこの御教えは、大変な御教えであると同時に、そんなら一部分一、一つの事柄の上にでも、それが私共が求められる時があります。
昨日そこの合楽食堂の中村さんが、発表しておりますさなか中に、私が頂きます事が、お母さんの乳がんで、おかげを頂いたのが、信心の始まりそれから信心の有り難さがおかげを頂いて、この頃から何というですか、バセドーシ病と言う病気、それこそ大変な病気なんです。ね、これは自分がそうなんです。ほいでもうほんとにもう、親先生の一言で腹が決まって医者にも見せんぞ、薬も飲まんぞという気になって、それからおかげ頂いてもうほとんど全快と、いつでも思う、くらいにおかげ頂いて。
その間に声が止まったり、出らなくなったりしてね、またちょっと慌てる様な事もあるけれども、一心に縋ってきた。先日も丁度バセドーシ病で難儀をしておられる人のその話を聞かせて頂いて、自分の事になったらね、帰ったらさっとここいらに痛みが来てね、その何か、もうそん時の様な状態になっそうです。ほんとにもうこういうおかげを頂いておるのにね、その段々本当のおかげをおかげと、思うとらん事をお詫びさせてもろうて一生懸命、お縋りさせて頂いたら又もとに戻ったという発表をしておりました。
段々信心も分からせて貰い、子供達が皆信心するようになり、長男が今度学院に行っています。その学院からの便りを昨日読ませて頂いた、その後にま発表ま色々と信心の過程をね、いろんな事があってこうだと、信心しとるから必ずしもお天気の日ばかりじゃ無い、こういうときもあった、ああ言う時もあった、ていう話をしておりましたら、丁度あの昨日茶受けに果物がでておった。
その茶うけの皿がこう、山のあるあのガラスの器ですねその、こうでこぼこがあるんですね、波打った様なあの器をちょうど私に、このくらいな見ると電気の光線がそれに当たって、低い所がと高い所が光ってある、その中間が暗くなって、光のある所は一番低い所と、高い所に光がこう電気の光がそこの様子を頂くんです。もう中村さんあなたの話ん時、こういうお知らせを頂いたよ、ちょっと私がとこ来て見てごらん、ほらあそことここに光があるだろう、ね。
そして今あのそこの途中は暗いだろう、いうならほんとに神様ちゃ、あらたかな事じゃある、ああ言う大病を母の病気を、子供が一心に縋っておかげを頂いて、と言う時の光が低い所の光なんだ、それから段々信心がこうやってでけて来る様になると、信心しよったっちゃどうして、あんな事があるじゃろうかと言った様な事もあったり、ね、いうならば金銭の貧乏をしたり、様々な事があると言う事なんです。暗いと言う事は。
それでも信心の有り難さで、そりゃ信心のおかげで、ただここを登りつめて高い所に行った時が、本当の光だというのです。ね、今日のご理解を言うなら、ひと言自分のそのおかげを頂く事のためだけにも、言うなら池田先生じゃ無いけれども、なら天に任せて地にすがる、もう親先生のお取次ぎの働き、それにもう委ね任せ切るという、これは一つの昨日も池田先生おかげを頂いて、こうこうと御礼に出て来ましたから、池田先生こりゃあんたどんがが布教にでらせて頂く時の。
もうほんとな生きた元手だよよ、と資本だよと私が申しました。だからお礼申しあげにゃいけんよというて、ね。だからそう言う所を、辿らせて貰うて事は大変きついけども、任せ切って、いうならばあの一心にすがるのですから、実を言うたらそう難しい事じゃ無いです。その気に腹が決まりさえすれば。ね、そういうなら一言一言の上に天に任せ、地にすがると言う事がこんなに素晴らしいと言う事になり、教えが分かり信心が分からせて頂いてです、ね。
愈々生活の全てが、もう生死そのものも、天に任せて地にすがるという信心がでけた時には、それこそねもうそれこそそれこそ、天地が自由になって下さる程しのおかげが、ね。今なら南米の地に、ね、合楽のごひれいが輝きだしておる、これなんかはもうそれこそ天地の働きが、あのようにして現れておるわけです。ね、言葉も通じない誰一人知った人達も一人もいないと行った所にです。
それこそ天に任せて地に縋って布教に出たわけです。ね、その言うならば潔さに神様の感応が天地の観応が始まっておると言う事になるでしょうが。これ皆さんでもお願いをするときでもです、どうさせて頂きましょうか、といや、ね、そらその人の思いの強い方にしか、お答えいただきませんよ。ね、けども腹決めてお取次ぎ頂きますと、結局ほんとのお取次ぎが頂ける事になるです。その信心を届けさせて頂く時には、ほんともう辞めて帰ろかと、お道の教師を志して。
本部にまで行ってしかも一番有り難い所ではずの、あるはずのご本部が、もうはよ帰ろうごたなる、と言った様に、それこそ無味乾燥な心の状態になる事がありますけれども、そういうときを愈々大切にして、神様に必死に向こうていくときにです、ね、なら金光様のお居眠りの、いうならばお姿に触れたとたんにです、は金光様も生身を持っておいでられる、金光様がこげな修行して頂いておる、と思うたとたんにこみ上げて来る様な有り難いもんな、ね。
それをもうならもうグラグラしてもう、うちで寝たい方題してと、と言うよな事では頂けん事が分かります。ね、これは昨日私のまあ、恥のようなお話しですけれども、昨日色々いま御用があっとりますけれど、これももうほんの内々文男先生と、綾部さんと、石井信司郎君と戎浦さんと一緒にお食事させてもらって、そのお神酒も少しささっておるもんですから、そんとき偶々今朝からあの、久留米の佐田さんがこういうお届けをされたがね、というて私が文男さんに対してこう話そう、話しかけたんです。
ある人が全然信心のない、あの原口久人という県会議員がおられます。その県会議員のその人と、あるご信者さんが、その私が貯金をしなきゃいけん、貯なきゃいけん、と言うておるともう、そげな貯める事なんてんいらん、というてもう私の信心を切り崩すように、その真っ向から反対をしておるお夢を頂いたというのです。最近その人が、最近、お参りも致しませんし、お参りする状態じゃなくて、もうそれこそ、まあ、いうなら、私の悪口を言いよる、言いかねない様な状態に、まあ、あるわけです。
だから、たまたまその話しがでたもんだから、もうちょいとこの人ばっかりはもう、ろくな奴じゃなかもんね、ちゅう話を私が一生懸命して、そればってん、この人は毒にもなりゃ薬にもなるごたる人じゃけんで、こりゃ神様にまぁ私の信心の足りんとこと思うて、ならお願いしよう、ね、だからこれがいっちょ変わると、薬になるような人じゃから、とまでは話したんです。そして私が休ませて頂いたら、すぐお夢の中で、もう大変なおしかりを頂いたんです。
文男さんが足を揉んでくれよったたまま眠とる。して目が覚めたらもう文男さんがおりませんでしたから、帰った後になるわけです。というのはねそのお前がね、信者の一人一人をほんとに、自分の子供と思うたらあげな悪口が言えるか、と神様から頂いた。あたしはもうそれを頂いてから、もう冷や水かぶる思いがしました。私に楯突いたりなら、私の言う事を聞かんけん、そげなこったいと言う様な事を今まで平気で言う、言うておった事がね。
本にあれが自分の子供ならば、悪口言わねば成らない様な事でも、人が言いいよるなら人の口を塞ぎたいぐらいにあろうがと。お前の事は矢張り仮にも親先生と言うておるじゃないかと、その親と子であるはずの、その子供の事の悪口を言うた、というておしかりを頂いたんです。はあ私はこれで、一つ又おかげ頂いたと思うてですね、本とにあのほんとに合楽に通ってくる人達は、私をなら親とも思うて、ね。
お取り次を頂くのだから、それが例えば無信心になったから、私の悪口を言いよるからというて、私がそれをその丁度そおのお夢を佐田さんが頂いてあったもんですから、いまほんとその通りじゃんの、というて、佐田さんにも昨日話した事でしたけれど。あのそういう場合であっても、それをそれこそかぼうた上にも、かぼうて御引き立てを頂く、くらいな心がなからなければほんとの取次ぎ者と、親とは言えんじゃなかという意味のことを、大変厳しい表現で頂いたんです、ね。
だから信心をなら、今日皆さんにね、天に任せよ地にすがれと言う事を、ピンからキリまでの事を聞いて頂いた。その過程においては、ね、それこそ迷わにゃおられん様な事を聞いたり、有り難くなくなったり、と言う様な事もあるけれども、そこをやっぱ段々いうならば合楽理念に基づいたら、おかげが頂けれる状態を、そういう稽古をさせて頂いて、いうなら合楽理念をマスターさしてもろうて。
おかげを頂いたらね、それこそおかげの頂けん事はないと言う様な、おかげの場に立ておっても。迂闊にして只今私が昨日失敗しました様な事を、軽々しく口に出す様な事になってくる。これでは親と子とは愈々、断絶に成る様な結果にもなりかねない。ね、そこで例えば本との例え親心というですか、ね、最近教団でねお道の教師の、いわば情念が薄くなった、なくなったと。
どう言う所に、その情念をおかねばならんかと言うと、自分信心が無信心になったり離れたりしていくと、もうその親先生と言われるとが、もうそれこそもう、宣伝して回るごと悪口を言う人があるです。教師の中にわざわざ宣伝までして回らんですけどね、たまたま酒の席でそう言う事になったんです。昨日。ね、だからそう言う事でいくら、情念を掻き立てたって助からんと言う事。
ほんとに親ぞ子ぞと言う様な、情念にこちらが燃やしてくる時に、子供もなら親に対する情念が移ってくるでしようし、親が子供に対する情念それはなら、ひとつの例えて言うとです、なら子供の悪口どん言うごたある親は、致命的なですよいうならば、子供の致命的な言うなら悪口なんか、なら子供の悪口悪い事した、と言った様な事などとてもとても、人にどん言える事じゃなかでしょうが。隠した上にも隠したいでしょうが、ね、それを私が言っておるもんです。
途中切れ